跳べ! 弁慶丸


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弁慶丸船主

・平成14年、大阪でのサラリーマン生活から大脱走。家族と共に賀露に根をおろす。
・漁師見習い後、この春念願のmy漁船を手に入れる。
・新米漁師として愛船「弁慶丸」を操縦し、愛妻千明さんに操縦されながら奮闘中。



弁慶丸進水式
2004年4月24日
最高の天気

賀露で進水式を見るのも
久しぶりでした
 弁慶丸おやじ&おかみです
     (小さい画面がミソ?)
地球環境と大気汚染を考える
全国市民会議(CASA)さんから
いただいた大漁旗
おおさか市民ネットワークさん
からいただいた大漁旗
賀露おやじの会から
ぶんどった大漁旗

賀露神社の神主さんの御祓いです
お祝いの宴席・弁慶丸おやじのお礼のご挨拶も最高でした



<ひと夏の漁師体験記 by おやじ@事務局>

 この夏、弁慶丸さんのご厚意により漁師の勉強をさせていただきました。
 といっても魚の荷揚げのお手伝いなのですが、本当にびっくりすることばかり。たいへんいい経験をさせていただきました。その一部を紹介します。

 漁師は孤独な男一匹の仕事・・・と思いきや、漁師の仕事に家族の手伝いは必須なのです。
 多くが夫婦の共同作業で成り立っている仕事だったのです。まずは、これにびっくりでした。鮮魚を取り扱うのですから、短時間ですばやく仕事をこなすためには夫婦の息があわなくてはなりません。当然、弁慶丸おやじと弁慶丸おかみは抜群のコンビネーション。
 そんなこととはつゆ知らず、この夏、邪魔者がわがまま体験をお願いしてしまいました。
 黙って受け入れていただいて本当に申し訳ありませんでした(まずはお詫びから)。

 朝5時、船が港に着く前に弁慶丸おかみは氷、仕分け用の箱、秤などの魚仕分けグッズを準備します。
 発泡スチロールの箱に氷を詰め、丁寧に押し固めます。氷は多くても少なくても駄目。さっそく弁慶おかみより作業手順を伝授されるのですが、根っからいい加減な性格の私にとっては多いも少ないもありゃしない。一山いくらの感覚で「えいやっ」とスコップですくった氷が地面にバラバラ。「氷とてお金、拾って入れるのも非衛生的でしょ」とのご指導を受け・・・とほほ。

 船が着くと、弁慶丸おやじの顔色が気になります。
 「大漁?どんな魚が採れた?」の問いかけに弁慶丸おやじはいつもニコッと応えるだけ。後で友人の漁師に聞いたのですが、「漁師はよーけ(多く)採れたちゃあなん(採れたなんて)言わあへん(言わない)もんだ。いつも採れなんだ(採れなかった)と言うもんだ。」ということらしい。
 とにかく皆さん無口で作業を進めているのです。「漁場ってもっとにぎやかイメージじゃないの?」と不思議に思っていたのですが、採れなかった漁師に気を使うのが慣習になっているのだな、と気付いたのはずいぶん後のことでした。


 荷揚げ作業は、まず活き魚から。
 ぴちぴち跳ねる魚には、水族館や料亭のイケスの魚とは全く異なる食欲感があります。活き魚はいい値が付くそうですが、セリまでに死んでしまえばその他大勢といっしょで値は半分以下。死活問題とはまさにこのこと。
 それじゃあ採った魚をみんな活かす方法を考えればと口出しをしてみるのですが、しょせん素人の浅知恵。漁師の苦労と知恵は外からは見えないのです。


 活き魚の次は、あんこう、かすべ(エイ)、かわはぎ、イカ、鯛など数が少ない魚を分けていきます。
 もちろん魚の大きさを揃えながら分ける訳ですが、これがまたみんな同じような大きさに見えること。「そんなに神経質にならなくても・・・」と無神経な私の軽口に弁慶丸おやじ&おかみから冷たい視線。「いい加減に分けてもセリでちゃんと見破られて値段をたたかれます。」ということで、慎重な仕分けを横から見るだけでした。


 一箱に詰める重量には規定があるのですが、同じ種類の魚の数が揃わない時は別の種類の魚を入れます。
 ここにもテクニックがあります。なるべくいい値がつくように組み合わせを考えなければなりません。もちろん素人は口出し無用。「こいつは旨いから高いぞ」だけでは駄目で、今市場でどのくらいの値が付いているかのという予備知識を持った上で仕分けをしなければならないのです。


 仕分けの後は重量を図り、氷を入れた発砲スチロール箱に魚を並べた後すばやくセリ市場へ持っていって箱を並べます。
 箱ごとに仲買さんが競り落とすわけですので、もちろん見栄えも重要。大きな魚の下に小さな魚を入れてごまかそうという私の安易な発想は当然禁じ手です。


 メインはカレイの仕分け。高級メイタカレイから始まり、エテカレイに終わるまで黙々と作業は続きます。
 メイタは高級魚ですが、「スレ」といって体にこすれた傷のある魚はちゃんと申告しなければなりません。スレの見方を何回もおやじに教えてもらったのですが、素人の私には模様と区別ができません。「そんなのいっしょでもいいじゃないの。」という私の疑問は、未だ解消されていません。というのも、この魚は本当においしい魚なのです。ムニエルは格別最高。今まで味わった魚の中でも上位にランキング入りです。大きな傷なら仕方がありませんが、こんなおいしい魚をスレだけで安くするなんて。

 ついでですが、野菜や果物の傷物も商品にならないといって店頭に並ばないことがあるそうです。これについても大いに疑問ですね・・ここでは関係ない話ですが。

 ついでに、かすべ(エイ)の塩焼きも最高です。今までエイは醤油で煮たものしか食べたことがありませんでした。
 弁慶丸おかみ語録に、「鳥取の人はおいしい魚が手に入るのにおいしい料理を知らない。」というのがありますが、ほんとうにそうだと実感した一品でした。

 この夏の主要な魚はカレイでした。とはいってもいつも多く採れるものではありません。
 ひどい時には船の燃料代も出ないとのこと。漁師は、確かに割のいい商売ではなさそうです。シケが続けば船は出ません。船が出なければ収入もありません。「この夏は特にひどいぞ」と年配のあばさん(おばちゃん)のため息に、港の本当の苦労を知りました。

 船が着いてから1〜2時間程度であわただしい時間が終わります。
 その頃市場ではせりが始まりますので、弁慶丸おかみは市場の方へ。いくらでせり落ちたかを確認します。弁慶丸おやじは船内の片づけやら網の修理といった雑仕事。それが終わってやっと帰宅です。少々の睡眠をとって、午後1〜2時には出発、朝5時半の帰港まで船上での生活、そんな日々の繰り返しです。


 漁師の仕事のほんの一部を見せていただいたのですが、本当に厳しい職業です。
 今、漁師を希望する若者は決して少なくないそうです。大自然と向かい合いながら自分の力で糧を得るわけですので、やはり魅力はあるわけです。
 一方、彼らを取り巻く経済システムには様々な課題が潜んでいます。彼らは商人ではありませんから、そのシステムを受け入れ、その中で漁師を続けなければなりません。

 今、そして将来にわたり漁師が漁師であるためには、漁師が地域をつくり地域の顔であり続けるためには、そんな課題が頭の中にこびりついた短い夏の体験でした。

 賀露おやじの会は、賀露の漁師を応援します。弁慶丸に続く若者達も応援します。とはいっても何もできませんが、気持ちだけは前向きのおやじたちでありたいと思っています。

 がんばれ弁慶丸! 跳んでけ!弁慶丸
    (2004年11月18日)